2018.08.23 Thursday

吉田輝星投手の「志」、松下鉄志の「志」。

夏の甲子園大会が終わりました。

 

 

第100回の記念大会で、入場者総数が初めて100万人を超えたなど非常に盛り上がった大会でしたが、

 

最後は優勝候補筆頭だった大阪桐蔭高校が史上初の2度目の春夏連覇を果たして終わりました。

 

 

しかし、今回の大会の最大の話題と言えば、準優勝の金足農業高校でしょう!

 

 

の夏の甲子園大会開催日前日の8月4日、

 

「金足農業高校の吉田輝星は大会No.1右腕⁉最大の武器は最速150kmのストレート!?」

 

という記事が出ていました。

 

 

 

その記事を要約すると・・・

 

 

大阪桐蔭の根尾選手や藤原選手などそんな才能集う選手の中で、

 

世代ナンバーワン投手の呼び声高いスーパーピッチャーがいる、

 

その選手こそが金足農業高校の吉田輝星投手です。

 

 

金足農業高校は、春季東北大会の初戦で岩手県代表の専大北上高校を倒していますが、

 

この高校の監督が、かつて中日や巨人で捕手として長年中心選手として活躍した、中尾孝義監督です。

 

 

 

そしてこの中尾孝義監督は金足農業高校との試合後、吉田投資についてこのように語っています。

 

 

「噂には聞いていたけど、いい投手やった。例えるなら桑田(元巨人)みたいな感じ。

 

コントロール、フィールディング、牽制。すべてのレベルが高くて、高校では見たことがない。

 

野球センスがずば抜けている」

 

 

 

元プロ野球の面補修であった中尾監督にここまで絶賛されるとはすばらしいですね。

 

 

吉田投手は大の努力家でもあり、金足農業高校の中泉監督曰く、

 

吉田投手は「走りすぎじゃないの?」と思うほど冬場に走り込んでいたといいます。

 

 

吉田投手は、甲子園での目標を聞かれると、

 

「(チーム最高成績の)昭和59年の4強を超えたい」を語っていたそうです。

 

 

 

この昭和59年の大会で金足農業高校は甲子園初出場し、

 

その甲子園ではなんとあのKK(桑田・清原)コンビ率いる

 

当時全国最強チームとされていたPL学園をあと1歩のところまで追い詰めたのですが、

 

桑田投手に逆転ツーランを浴びてしまい2対3で配線してしまいました。

 

 

そんな歴史ある4強の壁を、次は自らの手で乗り越えたいと吉田選手は語っているのです。

 

 

ちなみに実はまだ東北6県はどの県も夏の甲子園大会で優勝したことがないのです。

 

 

東北高校のダルビッシュ有投手も仙台育英高校の佐藤由規投手、

 

さらには花巻東高校の菊池雄星投手、大谷翔平投手も

 

誰1人として松尾衡夏の甲子園優勝にたどり着く事は出来ませんでした。

 

 

今年の大会は100回記念と言うこともあり、例年よりも出場校が多い分、

 

優勝の難易度はさらに上がっていると思われるのですが、

 

それでも尋常じゃない走り込みデータ強靭なスタミナを武器に、ぜひ優勝旗を勝ち取ってほしいですね。

 

 

要約するとこんな記事でした。

 

 

 

 

 

鹿島アントラーズファンである私は、実は野球も大好きで、大の巨人ファンで、

 

昔から高校野球もよく見ています。

 

 

兵庫県出身なので、関西時代は甲子園にも結構見に行きました。

 

 

 

この夏の甲子園大会は、非常に面白かったですね。

 

 

 

色々な話題がありましたが、やはりこの金足農業と吉田輝星投手でしょう。

 

 

 

最近はなかなか出場できない公立高校、しかもさらに出場の少ない農業高校で、

 

野球部員全員が全員秋田県出身(これも最近はまずめったにない)、

 

予選から甲子園までレギュラー9人だけで戦い続け(優勝すれば40年ぶりだったそうです)、

 

しかも既に中学時代から図抜けた力を発揮していた吉田投手となら甲子園に行けると、

 

皆んなで吉田が行く金足農業に行こうと集まった各校の有力選手同士の友人達だったそうなのです。

 

 

勝って校歌をうたう時の、あの「全力校歌」。

 

 

あれも固いきずなで結ばれたメンバーのチームワークが見えるようで、

 

とても素敵でした!!

 

 

 

実は吉田輝星投手の父・吉田正樹さんも、

 

かつては金足農業高校で甲子園を目指す高校球児の1人だったそうです。

 

 

 

お父さんは金足農業高校時代、2年連続で県大会決勝で敗退。

 

 

甲子園出場をつかむ、ほんの一歩手前まで進みながら、2年連続で涙をのんだわけです。

 

 

吉田輝星投手は「父を甲子園に連れて行きたかった」と言っていたそうです。

 

 

父の正樹さんもポジションはピッチャーだったようで、

 

吉田投手が現在投げているスライダーは正樹さんから教えてもらったのだとか。

 

 

 

そんな正樹さんを甲子園に連れて行くことができたのですから、これ以上ない親孝行ですよね。

 

 

 

この記事を書いているだけで、また涙が出そうになってきました(必死で耐えました)。

 

 

 

 

中学時代から、図抜けた素質を発揮していた吉田輝星投手は、

 

たくさんの強豪校から誘いがあったそうです。

 

 

 

普通なら、高校生の最大の目標である甲子園に行ける確率の高い

 

強豪校に行くことを選ぶ人が多いと思います。

 

 

 

それでも、お父さんの果たせなかった夢を自分が果たしたいという強い気持ち、

 

さらには、お父さんの夢である甲子園出場だけでなく、

 

金足農業高校の史上最高成績である甲子園ベスト4を超えたいという、

 

この吉田輝星投手の持つ、非常に高い「志」が、今回の快挙を成し遂げたのだと思います。

 

 

 

吉田輝星投手の誰よりも高い志が、多くの心ある仲間を集め、

 

雪の積もった冬のグラウンドを長靴で走るという想像を絶する厳しい練習に耐え抜き、

 

県大会を勝ち抜いて甲子園出場を果たしたことに満足せず、

 

甲子園での快進撃につながったのです。

 

 

 

金足農業として34年ぶりの準決勝進出時に記者から、

 

「あの時は桑田、清原のKKコンビがいたPL学園に最後まで食い下がりましたが、

 

先輩たちを超えたいですか?」

 

と聞かれた吉田輝星投手は、

 

「超えたいではなく、超えます」と答えています。

 

 

 

やはり、この気持ちです。

 

 

そして、この気持ちは、吉田輝星投手から高い「志」から出てくるのだと思います。

 

 

 

どこまでも強い志は、奇跡のような現実を成し遂げるのです。

 

 

 

 

 

実は・・・私の名前は、鉄の志と書いて、ヒロシと読みます。

 

 

 

私は、自分の名前の「志」という字を非常に気に入っていて、

 

自分の男の子2人にも、この字を入れています。

 

 

 

自分の「鉄志」の名前に負けないよう、

 

強い志を持って生きようと、子供の頃から思い続けてきました。

 

 

 

そして、そんな私が、「志」を持って成し遂げようとしているのが、

 

私のライフワークでもある「最高の家をあなたに」です。

 

 

 

吉田輝星投手を見て、大いなる刺激を受けました。

 

 

 

また気持ちを引き締め直して、目の前のお客様へ「最高の家」をお渡しすることを通じて、

 

地域の同業他社にも良い影響を与えて、それを他地域にも広げていく・・・

 

これをいずれは全国に広げていき、日本人の住生活をもっと豊かにしたい、

 

これが私の夢であり、私の志です。

 

 

 

「志」を引き締めなおし、夢の実現に向かって、全力で走り続けたいと思います。

 

 

 

 


 
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